大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6172号 判決 1965年6月19日

原告 高尾外次郎

被告 木村敬三郎

主文

原被告間の当庁昭和三三年(ワ)第二、〇一六号事件の、昭和三四年一二月二二日の口頭弁論期日に成立した和解の条項第四項に基く、原告の被告に対する、別紙<省略>第一物件目録記載の土地上に存する、同第二(一)物件目録記載の建物を取毀したうえ、被告の書面による同意なくして同第二(二)物件目録記載の建物を建築しない不作為債務が存在しないことを確認する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、一、主文第一項同旨、右請求が認容されないときは、被告は原告に対し、原告が別紙第一物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)上に存する同第二(一)物件目録記載の建物(以下、本件建物(一)という。)を取毀して、同第二(二)物件目録記載の建物(以下、本件建物(二)という。)を築造する(以下、本件工事という。)につき、書面を以て同意せよ、二、被告は原告に対し本件土地上に、地表から高さ約四尺に至るまで地盛りせよ、三、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、本訴のうち、一の第一次及び予備的各請求につき、いずれもこれを却下する旨、又は、これを棄却する旨、二の請求につき、原告の請求を棄却する旨並びに訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求めた。

第二、当事者の事実上の主張

原告訴訟代理人は請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告は昭和一四年一二月頃、被告から本件土地を、堅固建物以外の建物所有の目的で、期間を三〇年と定めて賃借した。(以下、本件賃貸借契約という。)

二、原被告間の当庁昭和三三年(ワ)第二〇一六号事件の昭和三四年一二月二二日の口頭弁論期日に和解(以下、本件和解という。)が成立したが、その和解条項第四項には、原告は被告に対し、被告の書面による同意がなければ本件土地上に存する本件建物(一)を含む原告所有の建物の増改築をしないという趣旨の特約(以下、本件特約という。)をした旨の記載がある。

三、ところで、本件特約は既存建物を全部取毀さずに増改築する場合のことを定めたものであつて、既存建物を取毀してその跡に新たに建物を築造する場合は含まれていない。

四、右主張が認められないとしても、本件特約は借地法第一一条に依り無効である。即ち右特約がある結果、賃借人である原告は賃貸借期間中に、残存期間を超えて存続すべき建物を新築することができないのは勿論、既存建物が損傷して使用不能になつたとしてもこれを改築することができないため残存期間があつても本件土地を使用できないのみならず、期間満了の際における契約更新請求権又は建物買取請求権も事実上否定されることとなる。それ故、本件特約は借地法第四条、第六条の規定に牴触する。また、同法第七条によれば、借地権の消滅前、建物が滅失した場合には、借地人は賃貸借契約の目的の範囲内である限り、残存期間を超えて存続すべき建物と雖も、これを新築することができることになつているが、同条にいう「滅失」の原因は自然的であると人為的であるとを問わないばかりか、借地権者の任意の取毀による場合をも含むものと解すべきであるから、借地人である原告が既存建物を取毀して新たに建物を築造することを禁ずる本件特約は同条の規定に反し、借地人に不利な契約条件である。従つて本件特約は借地法第一一条により無効である。

五、仮りに、本件特約が有効だとしても、原告は昭和三六年六月二八日、原告代理人吉本英雄を通じて、本件工事をするについて、被告から口頭で承諾を得た。書面による同意は得ていないが、書面によることを約したのは単に同意の有無を明確にするためであつて、口頭による同意の効力を否定する趣旨ではない。

以上のとおり、原告は被告に対し、本件和解条項第四項に基く、本件建物(一)を取毀して、本件建物(二)を建築しない不作為債務を負担していないものであるが、被告はこれを争つているので被告との間に、右債務の存しない旨の確認を求めるものである。

六、仮りに、第一次的請求原因が認められないとしても、以下述べるように被告は、原告の本件工事につき、書面を以て同意する義務があるので、原告は予備的にこれを訴求する。

(一)  本件和解の際、原被告間に、原告のする増改築が、本件賃貸借契約における、堅固建物以外の建物所有という目的の範囲である限り、被告は必ず書面を以て同意する旨の合意が成立した。

(二)  本件賃貸借契約の期間は尚約五年を残しているが、本件土地上には尚二、三〇年存続することが確実である、原告所有の二階建事務所が存在し、従つて期間が満了しても、原告は引続き、本件土地を賃借使用する意思を有しており、他方被告には借地法第四条但書に該当する、原告に対し本件土地の明渡を求めることができる正当事由が存在しないから、同法の規定によつて本件賃貸借契約は前契約と同一の条件を以て更新されることは確実である。従つて、原告は残存期間内は勿論、その後も、本件土地を使用することが法律上可能であり、被告は、原告に本件土地を賃貸借契約の目的を達し得るような状態において使用させる義務があるから、原告が本件賃貸借契約の目的を達する必要から本件建物(一)の改築を施行しようとする時には書面を以て同意する義務がある。

七、地盛請求について。本件土地の所在地は所謂江東地区の一画で、地盤沈下が甚しく、これに伴つて本件土地の東側及び南側の隣地の所有者又は占有者はいずれも地表から約四尺乃至五尺位の高さに地盛を施し、西側の公道も略同じ高さを保つており、また、北側は大横川の支流に面しているため、本件土地は三方を高地に囲まれた凹地になつていて大雨時には隣地から雨水が流入して水浸しになる。原告は、本件土地において、製材業を営む訴外株式会社丸高製材所(以下、訴外会社という。)を経営しているが、大雨時には同会社は水浸しのため作業を中止せざるを得ない状態である。また、本件土地は凹地の関係から地表まで水が浸み出るために年中湿潤で、変電設備等も著しく危険な状態になつており、作業自体にも支障があるがこれを原状に復するには、少くとも地表から約四尺地盛りする必要がある。ところで、被告は本件土地の賃貸人として、賃借人である原告が賃貸借契約の目的を達することができるような状態にこれを維持し、もし土地の現状に変更を生じ、修補を要する状態になれば、これを修補すべき義務があるが、右のような本件土地は修補を要する状態になつたのであるから、原告は被告に対し本件土地上に、地表から高さ約四尺に至るまで地盛をすることを求める。

被告訴訟代理人は、一の請求に関する本案前の主張として、確認の訴の訴訟物は現在の権利又は法律関係の存否に関するものでなければならないのに、本訴請求のうち、第一次の債務不存在確認を訴求する部分は、原告が仮りに本件工事をすれば、本件和解条項第四項に反するか否かという、仮定の、或いは、将来の権利関係の確認を求めるものであるから確認の訴としては不適法であり、また予備的請求として本件工事について、被告の書面による同意を訴求する部分につき、本件和解条項第四項が本件工事に適用がないものとすれば、原告は被告に対し事前に書面による同意を求める必要はないから任意に工事に着手すればよく、被告に対し、裁判上請求する必要はないしまた、適用があるとすれば、被告には同意するとしないとの選択の自由がある筈で同意する法律上の義務を負うというのは論理の矛盾であるから、いずれにしても訴の利益を欠くものであると述べ、本案の答弁として次のとおり述べた。

請求原因第一項の事実は、賃貸借の期間を定めたとの点を除いて認める。賃貸借の期間は当事者間で定めなかつたので借地法により三〇年となつたものである。同第二項の事実は認める。同第三第四項の事実は争う。本件特約は借地法が借地人保護のために定めた諸規定に反するものではない。仮りに、借地人が一方的に増改築することができるとすれば、期間満了の際、賃貸人は借地人が改築した建物の買取請求権の行使によつて多額の出資を強制されることとなり、また、借地人の任意の増改築により建物朽廃の時期は遅れ、借地権は更新され、賃貸人に著しい不利益を与えるに至るが借地法はそれほど貸主の犠牲において借地人を保護するものとは解されない。殊に、本件和解は賃貸借の途中において裁判所関与の下に契約したものであるから当事者双方対等の立場で契約したものであり、しかも、本件賃貸借契約の期間を昭和四四年一二月一五日迄とし、その後は更新しない旨約したのであるから、その間被告の同意なしに増改築しない旨を合意してもそれは契約自由の原則により有効である。同第五項の事実は否認する。同第六項(一)の事実は否認する。同項(二)の事実は争う。尤も第七項の事実中、本件土地の地盤が沈下したことは争わないが、地盛をする必要はない。また、被告には修補義務がない。蓋し、地盤沈下は本件土地に特有のものではなく、東京都の南東部から川崎、川口両市に至る広い地域に亘つて起つている自然現象で不可抗力によつて生じたものである。しかも被告には原告自身にではなく、その経営する訴外会社に本件土地を使用収益させるに適するように修補する義務はない。仮りに原告主張のように、本件土地三五八坪八合五勺について地表から高さ約四尺に至るまで地盛りするとすれば、莫大な費用を要すべく、それに対し本件土地の賃料は月額僅か金二万七三二四円であるから右費用は賃料に比較して過大に失することは明らかで、このような場合には経済上修補不能と同様賃貸人である被告に地盛をする義務はないというべきである。

而して、抗弁として次のとおり述べたうえ、再抗弁事実を争うと述べた。

一、原被告間の、本件賃貸借契約は次のとおり解除されたので、原告が本件土地について賃借権を有することを前提とする本訴請求は理由がない。即ち被告は原告に対し昭和三六年九月一二日到達の書面を以て増改築しないように催告していたところ、原告は本件特約及び右催告を無視して昭和三八年四月二五日頃、間口三間四尺、奥行一一間三尺の木造二階建宿舎兼作業所(建坪延九〇坪)の新築工事(以下、単に新築工事という。)に着手した。そこで被告は原告に対し、右工事が本件特約に反する賃借人の著しい背信行為であることを理由に、同月二七日到達の書面を以て、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をすると共に、右工事の中止を求めた。然るに、原告は被告の右解除の意思表示を無視して新築工事を続行し僅か五日間のうちに、梁及び根太を取付け、棟上げをして屋根下野地を取付け、二階の床板を一部張り、二階霧除け及び壁下工事等を施行した。そこで被告は原告に対し、再び同年六月二日到達の書面で、本件賃貸借契約解除の意思表示をすると共に、右書面到達後五日以内に新築中の建物を取毀し、原状に復させるように催告した。しかし、原告は右建物の取毀をしなかつたので、被告は念のため催告期間経過後の同月一〇日到達の書面を以て本件賃貸借契約解除の意思表示をした。よつて本件賃貸借契約は解除された。

二、仮りに右主張が認められず、本件賃貸借契約が存続し、しかも土地の賃貸借契約において法律上地盛義務があるとしても、被告は本件賃貸借契約の特約によりその義務を免除されている。

三、仮りに、右主張が認められないとしても、原告は既に自ら本件土地の東寄り一一二坪四合四勺について地表から約四尺の高さに地盛りしたので、その限度で被告の修補義務は消滅した。

原告訴訟代理人は、被告の抗弁事実中、修補義務免除の特約の点は否認し、その余の事実は法律効果の点を除いて認めると述べ再抗弁として次のとおり述べた。

原告のなした無断改築には次のとおり、借地人の背信行為にならない特段の事情があるから、無断改築を理由とする被告の本件賃貸借契約解除権の行使は信義則に反し権利の濫用として許されない。即ち、原告は本件土地において、製材業を営む訴外会社を経営しているところ、右地上に存する本件建物(一)中、現在同会社の事務所に使用している二階建建物はともかく、その他の製材用工場、変電所、倉庫、工員宿舎等に使用している各建物は今次の戦災により、建物が焼失した跡に、応急的に建てられたバラツク建に等しいものであるうえ、過去十数年の間に損耗の程度も甚しく、朽廃に頻している。特に、工員宿舎に使用されている建物の破損は甚しくて使用に堪えない。ところで、訴外会社は工員を収容する宿舎がないために、事業の運営に重大な支障を来たしていたのみならず、競争の激しい製材業界で事業を続けてゆくためには、現在使用している製材用機械設備を能率の良い新式のものと取換える必要があるので、そのためにも、本件建物(一)の改築が必要であつた。しかも被告は右改築に容易に同意しない様子であつたので、原告はこれらの悪条件を打開するため、止むを得ず、新築工事に着手したものである。従つて原告の本件特約違反の行為を目して借地人の背信行為というに足りない特段の事情があつたものというべきである。

第三、立証<省略>

理由

一、まず、第一次の請求に関する被告の本案前の主張について考えると、確認の訴が現在の権利又は法律関係の存否の確認を求めるものであることを要することは被告主張のとおりであるが、本訴中、右部分の請求は原告が被告に対して、現在主文第一項表示の不作為債務を負担していないことの確認を求めるものであるから確認の訴としての適格を有するものである。また被告が右債務の不存在を争つていることも弁論の全趣旨により明らかであるから確認の利益もある。

二、進んで本案に立入つて判断する。原被告間に、原告主張の内容(期間の約定の点は別として)の本件賃貸借契約及び本件特約が成立したことは当事者間に争いがないところ、原告が施行しようとしている本件工事の内容は本件土地上に存する本件建物(一)を取毀してその跡に本件建物(二)を、建築するものであるからこれについて本件特約の適用の有無を検討すると、一般に「改築」というのは建築物の全部又は一部を除去した跡に、引続いて、従来の用途、規模、構造と著しく異ならない建築物を築造することをいうものであるから、本件工事のように既存建物の全部を取毀してその跡に新たに原告主張の建物を建築する場合もこれに含まれるものというべきところ、本件特約が特に右のような所謂全面的改築を除く趣旨であることを認めるに足りる証拠がないから、この点に関する、原告の主張は採用できない。従つて、本件工事には本件特約の適用があるというべきである。

三、そこで本件特約が借地法第一一条に依り無効であるか否かについて判断する。同法第二条、第七条によれば借地権の存続期間中に、既存建物が滅失した場合においても、借地権はこれによつて消滅することなく、借地権者は契約で定めた使用目的に反しない限り、土地所有者が異議を述べると否とに拘らず、残存期間を超えて存続すべき建物であつてもこれを築造することができるものというベきであつて、しかも第七条所定の「滅失」中には、借地権者の任意の取毀による場合も含まれているものと解するを相当とするから結局借地法の適用のある賃貸借につき貸主と借主の合意を以て、借地権者が借地上の既存建物を取毀してその跡に建物を築造するのを禁じ、又はこれにつき賃貸人の同意を要するものとすることは同条の法意に反するものといわなければならない。そして、右約定は借地権者に不利な契約条件であるから同法第一一条に依り無効である。従つて、本件特約中、増築及び既存建物の滅失を伴わない程度の改築の点は暫く措き、少くとも全面的改築が被告の同意なくしてはなし得ないと定めている部分は特段の事情がない限り無効であるというべきである。このことは賃貸借継続中に裁判上の和解として特約したものであつても異なるところがない。この点に関し、被告は、本件和解において本件賃貸借契約の期間は昭和四四年一二月一五日迄で、その後は更新しない旨約しているから、残存期間増改築しない旨を合意しても借地法に反しないと主張するが、右の点は、本件和解において、本件賃貸借契約の期間が昭和四四年一二月一五日迄であることを原被告間で確認したものに過ぎず、同日限りで、原告が被告に対し本件土地を明渡す旨の合意をしていないことは、成立に争いがない甲第一号証によれば、明らかである。従つて、右主張は排斥を免れない。以上の次第で、原告の被告に対する、本件特約に基く、原告が本件建物(一)を取毀したうえ、被告の書面による同意なくして、本件建物(二)を建築しない不作為債務は存在しないというべきである。

四、地盛請求について。

本件土地の地盤が沈下した事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第八号証の一乃至一〇、原告本人尋問の結果及び検証の結果を綜合すると、本件土地の地形は、一部原告が地盛りした箇所があるけれどもその余の部分は略原告主張の状況に近いことが認められる。而して、それを原告主張のように地盛りするとすればその費用が賃料額との比較において莫大なものとなることは顕著な事実である。そこで被告に修補義務として地盛をする義務があるかどうかを考えるに、およそ土地を建物所有の目的をもつて賃貸した場合も賃貸人は賃借人がこれを建物所有の目的に使用収益できるように修繕する義務があることは民法第六〇六条の規定から明らかであるが、しかし、修繕義務の内容、程度は契約の目的及び賃料の額との関連等によつて定まるものというべきところ宅地は一般に賃貸借の存続期間中には修補を必要とするような変動を生じないものであり殊に建物を築造した後において地盛等の修補をするには当該建物の移動ないし取毀をしなければならないので、当事者は賃貸人が地盛等の修補をすることを予定せず、従つて賃料の額を定めるにも修繕費用を斟酌しないのを一般とする。それ故、特段の事情がない限り宅地の賃貸借においては自然現象としての地盤沈下の場合には賃貸人が修繕義務を負わない趣旨と解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件賃貸借契約の締結に際して右特段の事情が存在した事実が認められないのみならず、本件土地附近の地盤沈下は本件和解が成立した昭和三四年一二月二二日より遙か以前から徐々に生じていたものであることが原、被告各本人尋問の結果及び検証の結果から窺知できるのに、本件和解においては本件建物の増改築につき被告の書面による同意を要する旨の本件特約(それは無効であるけれども)をしながらその敷地の地盛の点について何らの定めもしなかつた(同事実は前掲甲第一号証の和解調書正本により明らかである)のは被告に地盛義務がないことの暗黙の合意があつたことの証左ということもできる。要するに被告には本件土地を地盛りする義務がないものといわなければならない。

五、被告は本件賃貸借契約は既に解除されていると争うが(抗弁第一項)本件特約が無効であることは前示のとおりであるから、原告が新築工事を、右特約に反して施行したことを理由になされた、被告の本件賃貸借契約解除の意思表示は無効であるというべきである。

六、以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求中、不作為債務の不存在確認を求める部分は理由があるものと認めてこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田実 磯部喬 松井賢徳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例